ラブンメデヌー ヴァドゥルの大地
カラー35mm 30分 1990年 トゥイ・イ・ヤー社(カザフスタン共和国アルマトィ)
製作: ラウレンティー・ソン
脚本・撮影・監督: ヴァシリー・パルフョーノフ
第4回パルヌ国際映像人類学フェスティバル第1回アンドレス・スラーピンシュ賞受賞作品


あらすじ:
ヴァドゥルはツングース語で雪の人、氷の人を表わすユカギールとして外部世界に知られ、東シベリア、サハ共和国の北部−インディギルカ川とコリマ川の間のツンドラ地帯でトナカイ飼育に従事する、250名が残存するばかりの極小の北方少数民族である。かつては、ウラル以東、全シベリアに居住する強大な民族だった彼らの現状を、ヴァドゥル出身の映像作家、V.パルフョーノフが詩的なタッチでレポートする。


作者について:
作者のパルフョーノフは、ウクライナの航空学校でパイロットとなる訓練を受けた後、全ソ国立映画大学に入学、カメラマンとなったが、当時のヤクート自治共和国には映画産業が存在しないため、中央アジアに赴いてキルギスフィルム、カザフフィルムのニュースカメラマンとして働いた。1989年にソンの独立プロダクションができるとソンの下で「白水境の探索者」、ソン・シネマに改組されてからは、サハリンと沿海地方でニヴフとオロチの記録を行った。1992年に下中記念財団が行った国際シンポジウムを機にソンと共に来日した。帰国後、ロシア連邦内の構成共和国となったサハ共和国の新たな国営企業サハフィルムの所長に招かれてヤクーツクに赴いた。



スーパータイトル

昔むかし、私はまだ小さな少女だったが、もうチレメデという少年のいいなずけだった。私たちの一族は、大きなウルロエメイ湖の辺で暮らしていた。

こんな身の上話はつまらない? だったら、一番強いのは誰? というお話を聞いて。

 イエルハー!この世で一番強いのはお前かい?
 違う、と氷。
 一番強いのは私を溶かす太陽だ。
 イエルカイエー!お前が一番強いんだってね。
 違うよ、と太陽。
 雲は私を遮ってしまう。
 スクンダバー!一番強いのはお前かい?
 違うよ、と雲。
 風は私を吹き飛ばす。
 イリーエ!それでは、一番強いのはお前かい?
 違う、と風。
 木に当たれば私は消えちまう。
 じゃあサーロ!一番強いのはお前かい?
 違うよ、と木。
 この世で一番強いのは人間だ!

トゥィムクリ婆さんは子供の頃に失明した。でも、色のことは、良く覚えている。
インディギルガ川とコリマ川の間の広大な大地に、素晴らしい人々が住んでいた。この人々は秋に雪が大地を覆うと大喜びし、春に雪がとけるのを寂しがった。学者達は、この人びとをユカギールと呼ぶ。ツングース語で雪の人という意味である。

なんで私たちはユカギールと呼ばれるんだ? 私はヴァドゥルだ。身分証明書でだってそうだ。ユカギールじゃない。私はヴァドゥルだ。私たちヴァドゥルは大きな湖の辺で暮らし、そこには11の大家族がいた。

ヴァドゥルの信仰では、囲炉裏は女性・母と同じイメージで結びついている。母が縫う服は、寒さから身を守るばかりか子供を悪霊からも守ってくれる。ヴァドゥルは近親婚を避けているが、次第に11家族は、複雑なきずなで結ばれていった。複雑になり過ぎ、相手が見つからなくなると多くの者は、他の民族を結婚相手にし始めた。ヴァドゥルが結婚相手に選んだのはヤクートやエヴェン、チュクチ−それにロシア人だった。

でも皆、同族や両親に恥じない生活を心掛けた。そして自然と調和して生きてきた。夏の初め、ヴァドゥルは一ヵ所に集まる。そして皆が競技や歌や踊りを楽しんだ。トゥィムクリ婆さんは、この頃の若者は歌も踊りも下手になったと嘆いている。

草がもえ、獣たちが飛び跳ね、鳥が歌う。歌の中では、川も湖も人間となって現われる。その川や湖は皆、人間の名前を持っている。

だが、いまのヴァドゥルの名前はロシア名だ。ニコライ、イゴール、イワン、セミヨンといった... 昔の名前は、覚えやすかった。人々の特徴−身ぶり、話し方や性格を示すものだったから。

獣をしとめ、その毛皮で暖かい衣服を縫った。毛皮は住居の天幕、ヤランガの材料にもなる。獲物の肉は食用となる。

しかし主要な食べ物は魚だ。生の魚、日干しの魚、そして凍らせた魚を食べる。

ヴァドゥルは移動にトナカイや犬のそりを使った。

トナカイの小さな、可愛い赤ちゃん。小さなひづめで、雪の中に踏み出した。
お母さんが居なくなっちゃったの? かわいそうな赤ちゃんが、母さんを捜してる。
かわいそうなトナカイの赤ちゃん。 母さんなしで、ツンドラでは生きられないよ。
一緒にお母さんを捜しましょう。 トナカイの小さな、可愛い赤ちゃん。

オオカミやシロクマを追い払うのは難しくないが、病気との闘いはいつも大変だった。沢山のヴァドゥルが病気で亡くなった。トゥィムクリ婆さんのお話では、宝物を詰め込んだ大きな箱があった。シャーマンは、絶対開けるなと言った。戒めを聞かず開けた愚か者がいた。そしたら中味は、ペストだったのだ。事実、19世紀半ばこの土地ではペストが大流行した。

1957年、私たちはアンドリューシキノ村に強制的に集められた。その時、消滅が始まった。身分証明書には、ユカギールではなくエヴェンと書き込まれた。単一のソビエト民族をつくる政策が始まったのだ。小学校3年の時、私は身を持って体験した。村長はユカギールなのにエヴェンだと言いだした。村長は私を呼んで「お前は何人だ?」と聞いた。私は生粋のヴァドゥルだと答えた。すると、馬鹿者め!ヴァドゥルなんか無いんだよ!だと... この世にユカギールがいないなんて、驚いた。ヴァドゥルの言葉や歌を知っているのに。大変辛い思い出だ。お前の民族なんか存在しないと、言われてしまったのだから。

1960−70年代には、更に大規模な北方民族の移住・集中政策が進められた。当局の命令で父祖の土地や仕事と切り離され見知らぬ土地の村へ送られることになった。腕利きの猟師もトナカイ飼育民も、新しい村ではボイラーマンか皿洗いしかやれなかった。失業、アル中、麻薬、自殺など社会問題が発生した。

ネネツの女流作家エルナ・ネルカーチは語っている。北の民の危機はトナカイの残酷な屠殺から始まった。人々はトナカイを自分達の兄弟と思わなくなった。トナカイは、ただ食欲の対象になったのだ。

かつてユカギールはヤクーチアからウラルにまで広大な地域に暮らす強大な民族だった。ところが、ユカギールには暮らす土地も無くなった。 ユカギールの土地はテンが沢山いて魚も豊かだった。最初に毛皮税を皇帝に納めたのはユカギールだ。それが消えちまうなんて!

自分の土地へ、子孫がちゃんと暮らせる土地へ戻りたい!画家、ニコライ・クリロフは語る。古老達は父祖の地、ラブンメデヌーに戻ろうと結論した。行政形態なんか、どうでもいいのだ。保護区だろうが民族センターだろうが...

でも当局は、優柔不断に結論を引き延ばしている。昨年、初のユカギール語新聞「チャイレドゥオル」が発行され今12号が出たところだ。この紙名は夜明けという意味だ。この新聞は企業の好意でコピー機で発行されている。創刊号は普通のタイプライターで打たれていた。私が発行人で、ターニャが編集長だ。今の発行部数は70部。 アンドリューシキノに30部。コリムスクに15部。ヤクーツクに4−7部を配っている。アンドリューシキノからヴェルフネ・コリムスクにも数部が転送されている。我々の目的は、捨てさせられた自分達の土地、ラブンメデヌーに戻ることを呼びかけること。ニコライは、ヴァドゥル民族の自覚向上に大きな力を注いでいるのだ。

このヴァドゥル語の初めての初等読本は、絶望的な努力の果てに完成された。この本は写真の印画紙に焼き付けて、ようやく数部だけ作られたのだ。 せめて家庭では、自分の言葉で語り合えたら!

家では何語でしゃべってるの?  ロシア語か、ヤクート語、それにエヴェン語... でもユカギール語は使わないね。 僕の家でも同じだ。だいたいみんなロシア語かヤクート語だね。

寄宿学校は大きな町に作られている。良い事だとされてるが、どうだろう? 子供たちが両親や故郷と切り離され、わからぬ言葉の環境に置かれれば... 民族意識の形成は妨げられるのだ。 心理学者の説では、そこから自分達が不完全で、二流だというコンプレクスが生まれる。

 お母さん、 僕はきっとあなたのもとへ戻ります。 必ず、絶対に戻ります。
 僕はあなたが可愛がってくれたのを覚えてる。
 お母さん。あなたの優しさを覚えてます。 お母さん。
 あなたの涙と微笑みを覚えてます。僕はきっとあなたのもとへ戻ります。
 お母さん!


 イエルハー!この世で一番強いのはお前かい?
 違う、と氷。一番強いのは私を溶かす太陽だ。
 イエルカイエー!お前が一番強いんだってね。
 違うよ、と太陽。雲は私を遮ってしまう。
 スクンダバー!一番強いのはお前かい?
 違うよ、と雲。風は私を吹き飛ばす。
 イリーエ!それでは、一番強いのはお前かい?
 違う、と風。木に当たれば私は消えちまう。
 じゃあサーロ!一番強いのはお前だね?
 違うよ、と木。この世で一番強いのは人間だ!

サハ共和国北東部、 200万ヘクタールの地域を250 人ほどのヴァドゥルが、今も放浪している。いにしえの自らの故郷、ラブンメデヌーへの帰還を切望しながら...

訳: 岡田一男 映像は東京シネマ新社を通じて購入できます。(ロシア語版)


掲載開始 2000.01.05.

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