沖縄久高島のイラブー
岡田一男(映像作家・東京シネマ新社・下中記念財団)
この映像は、1978 年秋から冬の始めに沖縄久高島で行われた最後のイザイホー神事の記録のため、2 か月近く島に滞在する間に撮影したものである。
村頭一家によるバイカン用燃料の準備、ガマでの採捕の様子、久高ノロ家での一時保管と御殿庭(ウドゥンミャー)にある燻製小屋 バイカンヤー付近での
燻製づくりと 仕上がった燻製のイラブー汁料理法を紹介する。
久高島では、エラブウミヘビをイラブーと呼ぶ。エラブウミヘビは、1年の後半、旧暦 6月から12 月にかけ、繁殖・産卵のため、この島でガマと呼ばれ
ている海蝕洞に、夜間の上げ潮とともにやってくる。その採捕権は島の祭祀の中心となるミアムトゥ(外間ノロ家、久高ノロ家、外間根人家)に限られ、
久高ノロ家では 、1 年交代で 外間・久高の両側を代表して島の神事全般の雑事を担当する 2 組の村頭一家の協力を得て採捕と伝統的な燻製- バイカンを
おこなっている。微妙な技術を要する作業も多いので、豊かな経験を有する男女が 村頭一家の手助けしている。
イザイホーが行われなくなって久しく、島の祭祀組織が変容し、固定した人びとによってイラブーのバイカン自体は、現在も伝承されているが、これは
祭祀組織が機能していた時代を証言する記録である。
撮影は、フランス製エクレール ACL16mm カメラとステラヴォックス5インチオープンリール録音機を使用し、全編フジカラーネガで記録した。
この記録は、エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ収録を予定して行われたが、さまざまな事情で、作業が停滞している内に、EC 側の活動も中断
し、1991 年に 16mm ワークコピーをベータカムにテレシネしたままとなっていた。今回は、そのビデオ画像をデジタル編集し字幕を挿入したが、いずれ、
オリジナルネガを2K-full デジタルスキャンして良質な画質の画像に差替える。それまでの暫定版とご理解いただきたい。
バイカン の準備 左クリックすると動画が見られます
モンパノキ Heliotropium foertherianum
村頭一家は、就任するとバイカン用の薪など燻製用の燃料の準備を始める。島の海岸に沿って生えるモンパノキ Heliotropium foertherianum の枯葉を
乾燥させたもの。アダン Pandanus odoratissimus の実を乾燥させたもの。そしてモクマオウ Casuarina cunninghamianaの幹を切りそろえた薪である。
約半年にわたり作業し、倉庫がわりに路傍の廃車の中に蓄えていた。
イラブーの捕獲
採捕は、久高ノロ家が採捕権をもつ、島南西部のガマ-海蝕洞で、旧暦 6月-12月の夜間、潮が満ちてくる頃、繁殖、産卵にやってくるイラブーを村頭の
妻たちなど女性だけで捕獲する。持帰った獲物は、120-140匹に達するまで、久高ノロ家庭先の小屋に、麻袋に入れて保管される。
沖縄近海にいて繁殖時に上陸するエラブウミヘビの仲間は3種で、主に捕えているのは、エラブウミヘビLaticauda semifasciata だが、島人はより
性格の荒いマララーも 混じっているという。これが、ヒロオウミヘビ Laticauda laticaudata なのか、アオマダラウミヘビ Laticauda colubrina なのか、
定かでない。いずれもコブラに近縁の猛毒の毒蛇だが、陸棲の毒蛇のような相手に毒を注入する注射針状の牙がなく、島人は軍手をした手づかみで扱って
いる。
燻製づくり
早朝、3時ごろ保管小屋からヘビの入った袋を取出して、島の主祭場であるウドゥンミャーの一隅にある、久高ノロの燻製小屋、(バイカンヤー)前に運ぶ。
バイカンヤーは、久高ノロの始祖にあたるタルガナーの住居跡に建てられていると伝承され、撮影当時は、小屋の一隅にタルガナーの香炉が祀られていた。
その後、香炉は、シラタル拝殿に移された。
小屋内部では、燻製の火床の準備とヘビを茹でる大鍋の湯沸しが並行して始まる。火床の準備は、村頭二人が行う。平らにならした灰の中にモクマオウの
薪を縦2畝に埋め、その上にアダンの実を形を整えて並べ、さらにモンパノキの枯葉で覆う。
一方、小屋の外では、手伝いの経験豊かな男性が、麻袋から取出したしたウミヘビの頭部を次々一撃して気絶させ、村頭の妻たちがそれを水洗いする。
手伝いの経験豊かな女性が小屋の中に運び、大鍋で沸かした熱湯で茹でる。火加減と浅く茹でる時間調整が大切というという。最初に茹でられた時、ヘビの
生殖器官が外に飛び出すので、性別が容易に見分けられる。この後、漁網の切れ端などで丁寧に擦ってヘビの鱗を落とし、手でしごいて溜まっている排泄物
を絞り出す。再び水洗いを行って、もう一度、今度は深く茹でる。
充分に茹ったヘビをオスは棒状に伸ばし、メスは頭部を中に丸く巻いて、アダン葉から得た紐で縛る。ただ近年は棒状に伸ばしたものが市場では好まれる
ようで、メスも長く伸ばしたものが作られている。それらを火床の上に組まれた簀子にきれいに並べていく。並べ終わったら、火入れ式の杯ごとをして首尾
よきを祈った後、大鍋の下の残り火を火床に移す。充分に火が燃えだしたら、全員退出して小屋の扉をしっかり締めて燻製が始まる。
この時、近くのシラタル拝殿では、久高ノロが燻製の首尾よきを祈願している。
燻製づくり つづき
二晩目に燻製の具合をチェックし、三日目に燃料が完全に燃え尽きたところで、再度、火床を整える。燻製の進行具合を確かめ、裏返したり、縮むので簀
子の上の配置を調整し、簀子の高さも火床との距離を変えてを調整する。二度目、三度目は、新たに起した火種から着火する。通常は、八日間で燻製が仕上
がる。製品は、商品となるので、注意深く注意深く計量し、記録に残す。売却益は、久高ノロ家、手伝い、村頭二家族で分け合う。頻繁に行われる島の年中
行事、信仰生活全ての世話をする村頭一家は、通常の生業を大きく制約され、収入を減らすので、イラブーの売却益には、その補償という意味もある。
料理
イラブー汁は琉球王朝の宮廷料理の品目になっているというが、現在でも強精食として知られている。民宿ニライ荘で、イラブー汁の料理ををしていただ
いた。豚肉、大根、昆布とともに味噌仕立てで煮込む。
この撮影を許して下さった久高ノロ家、当年の村頭二家族の皆さん、そして様々な助言を下さった外間ノロ掟神(ウメーギ)西銘シズさん、民宿にらい荘
のご一家に深く感謝する。また久高島民俗研究に生涯をかけた写真家、故比嘉康雄氏はこの撮影に格別のご支援ををいただいた。氏は我々の撮影に並行して
克明な調査を行い、1993年に刊行されたモノグラグラフィー『神々の原郷 久高島』上下巻、第一書房刊の「イラブー漁」の章で詳細な記述を遺された。
掲載開始:2021.05.23.最終更新:2021.05.31. 工事中 静止画キャプチャー次第追加予定。
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